なる(2)
げんすけ
2020/07/07 08:40
春を、「はる」=「張る」=「貼る」=「墾る」=「晴る・晴れる」=「霽る・霽れる」=「腫る・腫れる」=「脹る・脹れる」にこじつけてみましょう。まずは、個々の言葉のイメージを、複数の国語辞典や用字用語集を参照しながらみていきます。
*「張る」 ⇒ ふくらむ、ふっくら、ぷくっ、ぷくぷく、ぱんぱん、こわばる、かちかちの寸前、はちきれそう、のびて広がる、うんと広げる、しわのない状態にする、広げて使える状態にする、準備完了、いつでも来い、おれってこんなもんよ、わたしってこれだけもってるのよ、すごいでしょ、あたりにひろがる、たるみをなくす、ぴんとはる、つき出る、つっぱる、せま苦しい、つっかえる、緊張する、こちこち、張りきっちゃう、力をこめる、がんばる、元気はつらつ、対抗する、負けてたまるか、いけいけ、押し通す、ばりばり、ぴったり張りついて監視する、離れないでじっと狙う、ストーカーする、度を越す、リミットぎりぎりまでいく、これって高すぎだよ負けてよ、満たす、目いっぱいにする、(平面状のものを糊や釘で別のものにはりつける)、(ぴったり)、(ぺたり)、(べたっ)、平手でぴしゃり、ああ痛い、というイメージ。【注:( )でくくってあるものは、他の表記にも当てはまるという意味です。】
*「貼る」⇒(平面状のものを糊や釘で別のものにはりつける)、(ぴったり)、(ぺたり)、(べたっ)、というイメージ。
*「墾る」⇒ 「今年はここ? こんな荒れた土地で野菜(or 米)がつくれるかな」「とにかく、鍬(くわ)やスコップや鋤(すき)を使って、まずは地面を掘り返して耕していこう」「冬の間にずいぶん地面がかたくなっちゃったなあ」「去年は豊作だったんだ。だいじょうぶさ。まあ、ぼちぼちやろう」、というイメージ。
*「晴る・晴れる」=「霽る・霽れる」⇒ 雨、雲、霧、靄がなくなる、日がさしてくる、空が明るくなってくる、ぱっとなる、こころにあった不快な感情や気がかりがなくなる、ああすっきりした、くもりがなくなる、疑われていた状態でなくなる、やっとで無実の身になった万歳、見えなかったものが見えるようになる、おお見える見える、視界が開ける、すかっとする、さっぱりする、というイメージ。
*「腫る・腫れる」=「脹る・脹れる」⇒ 皮膚が炎症を起してふくれあがる、ぶくぶく、ぷっくり、さわると痛い、さわると熱っぽい、針で突くと何かぴゅっと液体が出てきそう、かゆいし手でさわりたいのだけど我慢しとこ、というイメージ。
【※辞書で「春」の語源として候補に挙がっているのは、「張る」=「墾る」=「晴る」です。「貼る」と「腫る・腫れる」は、こじつけ用に勝手に並べただけです。】
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さて、各言葉のイメージが何となく頭で分かったところで、体を動かしてみましょう。「春」を自分の知り合いに身ぶり手ぶりで伝えるとすれば、あなたはどんな動作をしますか? 「春」の語源らしき「張る」=「墾る」=「晴る」を参考にして考えてみてください。
想像しながら、同時に体で表現してください。どうですか? 「春」の語源として、最も有望らしい「張る」の動作をする方は、あまりいらっしゃらないのではないでしょうか?
では、感覚的にみて、最も有望そうに思われる「晴る・晴れる」で試してみましょう。たとえば、空を仰ぐような動作をし、両手を合わせてかかげ、その手をいきなりぱっと開いてみせる。あるいは、両手の指をピアノを弾くように動かし、前面で上下させて雨が降っているさまを表し、急にその動作をとめて、うれしそうな表情で空を見上げる仕草をする。そうすれば、「晴る・晴れる」は伝えられそうな気がします。でも、そこから「春」までどうもっていくか? 頭をひねりますね。「墾る」から「春」を表現するのも、ちょっと難しそうです。
「晴る・晴れる」と「墾る」の動作を使う場合には、ある程度のストーリー性を持たせる必要がありそうです。まず、寒い冬を表し、冬が終わって、晴れの日が多くなり暖かくなっていくさまを表す。これだと何とか「春」になったことを伝えられそうな気がします。次に、土地を耕す動作から、「春」が来たことを駄目押しする。うん、これなら、成功するかも。もやもやしていたものがなくなり、気持ちが晴れてきました。
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理屈が好きな人や、意地の悪いへそ曲がりな人だと、ここで「待った」をかけます。「外国人を相手に、それって通じる?」なんて、言い出します。「そりゃあ、通じるに決まっているでしょうが」と、相手を馬鹿にしたような表情で言い返すと、「赤道直下に住んでいる人にも通じる?」なんて、澄ました顔で尋ねてきます。絶句していると、相手はすかさず「ひょっとすると、地球上には、四季のない地域に住んでいる人たちのほうが圧倒的に多いんじゃない?」なんて付け加えてくるでしょう。
悔しいけど、言えていますね。「春」という言葉が、そもそも存在しない言語があるのは確実です。また、読み書きができない人が圧倒的に多い地域も、世界には数多くあります。いわゆる識字率が低い地域ですね。「春」という言葉がない言語を話している、読み書きのできない人たちに、「春」をどう伝えるか? 念のために。申し添えますが、「読み書きができない=知識が乏しい=いわゆる知能が低い」ということではありません。
たとえ読み書きができなくても、世界には四季というものがある地域があり、「春」というものがあるらしい、という知識を持っている人たちはたくさんいるはずです。逆に、そうした知識のない人たちも多数いるはずです。後者の人たちに、「春」をどう伝えればいいのでしょうか? 言葉が通じないので、身ぶり手ぶりで示すほかしかない。今述べた条件・状況で、そうした人たちに「春」を分かってもらうためには、あなたならどうしますか?
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答えは容易には出ないと思います。また、出す必要もありません。おそらく「これしかない」といった正解もないでしょう。大切なのは、想像力をうんと働かせることです。いわゆる「頭に汗をかく」ことです。そして、文字通り、実際に汗をかくことです。ご一緒に、頭を働かせ、体を動かしてみませんか?
※この文章は、かつてのブログ記事に加筆したものです。https://puboo.jp/users/renhoshino77
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