かわる(8)

げんすけ

2020/07/13 08:06


 ヒトが用いている言葉というものが、どんな仕組みを持ち、どんな働きをしているかを知るためには、一つの方法として、「言葉の発生」という「物語=神話=フィクション=作り話」を自分なりに考えてみるのがいいと思います。


 なぜ「作り話」なのかと申しますと、言葉の発生を実証的に知る手段がないからです。タイムマシーンに乗って「言葉の発生」する現場に行き、確かめることなど不可能だからです。超能力に頼ろうとするヒトたちもいるでしょうが、その方々が成功されたさいには、世界を驚かせてほしいと思います。


 また、なぜ「自分なりに考えてみる」なのかと申しますと、「言葉の発生」を確かめることができず、定説もないのであれば、自分で想像して自分なりに納得すれば、きっと得るものが多いと信じるからです。専門書(※辞書や話し方・プレゼンの指南書や文章読本の類)を読むとか、専門家(※国語学者であったり、コミュニケーションの達人と呼ばれるヒトなど)の話を聞く。そういう選択肢もあります。


 でも、しょせん他人の「作り話」です。専門家の意見が「正しい」とか「偉い」というのは、言葉に関する限り眉唾物だと個人的には思っています。参考にする程度ならいいでしょうが、妄信するのは疑問に感じます。大切なことは、自らの実践と試行錯誤ではないでしょうか。


     *


 物理学や数学の用語・法則・知識とは異なり、言葉(※手話やボディランゲージ、表情、赤ちゃんの仕草や泣き声などを含む、かなり広い意味でとってください)は、言葉を使うことのできない一部の障害者の方々を除き、たいていのヒトが日々使っているものであり、誰かの占有物ではありません。


 さらに言うなら、ヒトは一人だけで言葉を使っているのではありません。言葉は、コミュニケーションや、知識・情報を得るための道具であると言われています。つまり、他人との関係において用いられるものです。ヒトは一人で生きてはいません。とはいうものの、


*言葉に関しては、誰もが「専門家」


なのです。誰もが自分の使う言葉に責任を持つべきである一方で、自分の好きなように言葉を使ってもいい自由を持っているという意味です。本来は、素人と専門家の区別などないのです。


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 さて、「かわる」「かえる」と「わかる」「わける」ですが、これを言葉が通じない他の言語の話し手に伝えようと、「自分なりに考えてみる」ことを実践し、その四つの言葉を「動作=運動=身ぶり」を用いて相手に伝える努力を「体」を使って実行してみることは、擬似的に「言葉の発生」に身を置く体験になります。いわゆるシミュレーションになります。


「動作=運動=身ぶり」に意味を付加しようと、自分の想像力(=頭)と顔を含めた体の動きを動員してみる。知恵を絞り、体を動かし汗をかいてみる。これが大切ではないでしょうか?


 たとえば、脳梗塞や脳出血などで言葉を失ったヒトがリハビリをするさいには、頭(=脳)だけでなく、体全体を使った機能回復が必要だと言われています。重労働らしいです。言葉の仕組みと働きを知るためには、ただ考えているだけでは、得られるものは少ないと思います。身体全体を動かすことが大切です。


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 かつてフランス語をフランス語で教えるフランス政府公認の学校に通っていたことがありますが、そこでは、やたら体を使うのです。日本語に訳して教えるのではありませんから、当然です。頭だけを使って習う中学や高校での英語の授業とは大違いの方法でした。個人的には、大きな収穫がありました。


*「演技」


および


*「演じる」


という言葉を思い出しましょう。


*「演じる」とは、自分が別の「もの(※物であり、者です)やこと」になる様(さま)を想像し(=シミュレートし)、その想像を体で実際に示す(=表現する)こと


です。言い換えれば、ある「ものやこと」を自分なりに「わかった」と仮定し(=台本を手にし)、自分をその「ものやこと」に「かえて」みること、あるいは、自分がその「ものやこと」に「かわって」みることです。


*「ものやこと」を「わけ」、「かえて」みる。 = 「ものやこと」に対して、「わかる・わける」と「かわる・かえる」という動作を加える。


 今、「=」を用いて書いた二つのフレーズは、「かわる・かえる」と「わかる・わける」の関係を、自分なりに言い表したものです。この二つのフレーズは、


*言葉の仕組みと働きを、「たとえ」=「演技」として表現するための「たとえ」=「演技」でもある


のです。ややこしい言い方になりました。次のように言い換えることもできるかと思います。


*言葉を使うとは、森羅万象(=ものやこと)を知覚して(=わけて)、音声(=話し言葉)や文字(=書き言葉)や身ぶり(=手話や身体言語など)に置き換える(=かえる)ことである。


 そのさいに、決定的な役割を果たす言葉の「仕組み」および「働き」とは


*「Aの代わりにBを用いる」という、「動作=運動=身ぶり」=「たとえ=装うこと=演技」


なのではないでしょうか。


     *


「かわる・かえる」と「わかる・わける」という、言語の仕組みと働きについてきわめて象徴的な意味を持つ言葉を、知恵を絞り想像力を働かせると同時に、実際に体を動かし汗をかいて演じてみる。これは、このブログの記事「かわる(7)」 で提案したことです。


 これを実行なさった方なら、以上書いたことの意味がわかっていただけると信じています。これが、言葉の仕組みと働きを考える第一歩だと考えています。よろしければ、さらにこの先を一緒に歩んでいただければ、うれしいです。


※この文章は、かつてのブログ記事に加筆したものです。https://puboo.jp/users/renhoshino77


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