うつせみのたわごと -11-

星野廉

2020/09/24 09:41


 げん――。きになることば。からからきた、ことば。からことばが、このくにのことばとであい、まじったときに、とりわけ、おおきなはたらきをしたのが、もじである。このくにのもじのしくみは、からからつたわった、まなと、まなをくずした、かなからなる。まなかなである。まなは、もののかたちから、とられたものだという。


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 まなには、ひとつのもじで、なにかをあらわすものもあれば、いくつかのかたちが、あわさってできあがっているものもある。かたちとなかみをあらわすところと、おとだけをあらわすところに、わかれているものもある。まなにおいては、まなこをはたらかせなければならない。すなわち、よむ、みる、みわけることが、かぎとなる。


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 まなにおいては、かたちがなにかをあらわすとはいえ、みておとをだすこと、すなわち、こえをだしてよむことも、かかせない。まなには、いくとおりかのよみがあるものがおおい。それが、まなにあつみとおもみをあたえている。よみには、からことばによるものと、やまとことばによるものがある。ずらしてみよう。眼、げん、がん、め、まなこ。目、もく、ぼく、ま、め。見、けん、げん、み。じびきをたよりに、ちょっと、あそんでみよう。ま、み、む、め、も。目、見、眸、眼、膜。


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 ひとはまなこをもちいて、みる。ほかのいきものにくらべて、みることが、いきるかしぬかをわけるとさえ、いわれている。それほど、まなこのやくめは、おおきいらしい。とはいうものの、みるを、ずらしてみると、みるが、まなこのはたらきだけを、しめすものではないことがわかる。みる、見る、視る、観る、診る、看る。ふるいいいかたで、みる、回る、廻る、というのもあるという。


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 みるのもちいかたを、みてみよう。みゃくをみる。やまいにかかったひとをみる。ばかをみる。なきをみる。なりゆきをみる。ひとをみるめ。あまくみる。あかんぼうをみる。けがをしたひとをつっきっきりで、みる。めんどうをみる。ときをみる。ゆめをみる。このように、からだでなにかをうけとめることを、みるということばで、あらわすことができる。


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 さきほど、みてみよう、とかいたが、なになにしてみる、のみるも、ためしになになにするといいたいときに、もちいられると、じびきにある。じびきをうのみにはできないが、そういうみかたもあるらしい。ちなみに、たったいま、かいた、みかた、の、みは、かんがえるということか。つまり、みかたとは、かんがえかたとも、とれる。これ、でまかせ。れっと・みー・しー。えーっと……。でも、いえてるかもしれない。


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 たしかにややこしいが、みるということのはの、あつみとおもみは、おもしろい。いろいろにとれるから、おもしろい。ことばずきのものには、こころがひきつけられる、おもいがする。みるということのはの、あつみとおもみが、みるという、いとなみのあつみとおもみと、かさなるものなのか。


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 ひとが、まぼろしをみて、ことのはをとおしてものやことやさまをみて、うつつのなかでゆめをみて、ふちでであうなにものかをみて、おのれやものごとのみなもとにめをむけ、このよをみきわめたいとのぞむのならば、ひとは、つねにみている、といえるだろう。いきること、すなわち、みることと、いえるだろう。みるためには、ひかりがいる。幻界、言界、現界、限界、原界、Gen界、眼界は、ひかりにみちたばである、といえよう。


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 わすれてならないことがある。すべてのひとが、めがみえるわけではない。おそらく、こころならずも、めしいとよばれるひとたちがいる。やみのなかにいて、まったくみえないばかりとは、かぎらない。みえないといわれるひとのなかにも、ぼんやりみえる、かすかにみえる、あかるいくらいはわかるという、こい、うすいがあるという。みみのとおい、このあほには、きこえにたとえて、その、こい、うすいが、わかるきがする。みえるひと、きこえるひとには、そのあわいがわからない。いたしかたなし。


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 みるといういとなみは、ひかりのたすけをかりて、ものをみることだけをさすわけではない。みるを、もっとひろいおこないだと、みなしてもいいとおもう。みる。みえる。みわける。とりわけ、みわけるということわけに、おもいをむけてみたい。みわけるは、見分ける、とかかれることがおおい。かつて、身分ける、とこのんで、しるしたひとがいた。


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 ずらして、みよう。みわける。見分ける。身分ける。ことわる。事割る。言割る。断る。判る。ことわり。事割り。言割り。断り。判り。理。ずらすといいながら、まさに、わけているといえる。では、ずらすをずらして、みよう。ずらす、わける、かえる、うつす、こじつける、たとえる、つなぐ。これらのあわいはあわい。これらをわかつ、へだたりはちいさい。へだたりは、おそらく、ひとのおもいのなかにある。


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 へだたり、おくゆき、かたち、ありさま。そうしたもの、こと、さまは、ひかりによってのみ、ひとにとらえられるとはかぎらない。たとえば、こうもりは、おとで、いぬは、においで、くもは、ゆらぎで、おのれのまわりをとらえるのに、ひいでているときく。そうやって、えものをねらい、とらえる。また、そうやって、みをまもるという。


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 ひとにおいても、こうもりや、いぬや、くもと、にたことがおきているのではないだろうか。まなこをもちいて、みる。ここでは、ひかりがよりどころとなる。みみをもちいて、きく。ここでは、みみのなかのまくへと、つたわる、かすかなゆらぎがたすけとなる。においをかぐ。においのこまかなつぶがあると、きいたおぼえがある。あじをみる。これもこまかなつぶが、したに、はたらきかけるらしい。


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 はだざわり、したざわり、てざわり、はざわり、ということのはがある。からだのいちぶが、なにかにふれたときにおこるさまをしめしている、といえるだろう。このように、からだにそなわっている、ば、つまり、どこかが、なにかをとらえる。それを、ひっくるめて、みるとよんでみてはどうか。あるいは、みるを、へだたったものを、ちかくにあるとおもうしくみだと、みてみよう。


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 みるを、とらえる、とずらす。みるを、とらえる、とよむ。とらえる。おのれのからだのなかに、ばをあたえる。なにかのかわりになにかではないものを、ばとして、からだがうけとめる。おそらく、あたまのなかにある、きわめてほそい、いとと、きわめてこまかい、つぶとのあいだで、なにかがおこって、いまのべた、いとなみがおこなわれるのであろう。そうしたことわりは、どうでもいい。それは、くろうとがかんがえ、かたること。しろうとは、いまここで、からだがどのようにはたらいているか、それだけに、こころをかたむければいい。というか、それしかない。くろうとのことわけなど、どうでもいい。


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 みる。とらえる。からだでうけとめる。それが眼界でおこっていることではなかろうか。へだたったものをちかくにあるものとして、とらえる。それを、しる、わかる、みる、ということのはでよぶ。なづける。てなずける。むなしい。あるいは、あやうい。なぜなら、ひとのおごりにつながるから。なづけ、てなずけたつもりの、ものやなわばりをながめて、よいしれる。ひとの、くせ。ひとの、たち。


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 ひとは、わけて、わかったもの、しるしをつけて、しったものをながめて、あるじになったつもりでいる。だが、それだけでは、たりない。もっと、ほしい、もっと、ひろげたい。なわのそとをみつめ、せめいり、あらそい、あやめるおりをうかがう。きなくさい。なまぐさい。それが、ひとにおける、みるということか。いきものが、いきるとは、そうしたことなのか。とはいうものの、ひとのやることなすことは、ほかのいきものにくらべ、あまりにもおおきく、ずれている。はずれすぎている。


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 まなこがあるないにかかわらず、あらゆるいきものは、まわりをみて、みをまもる。たべものをさがす。てきとたたかう。それは、それでいい。ひとのばあいは、どをこしている。このほしにも、かぎりがあるというのに、ひとのほしい、ひろげたいには、はてがない。はどめがない。すでに、がけっぷちにたっているのに、そのさまがみえていない。みてみぬふりをしている、ふしもある。


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 ひとは、おのれが、まなこでみるのに、ひときわ、ひいでているとしんじている。だが、わすれてはならないことがある。めだけで、みるのではないことを。まぼろし、ことのは、うつつ、ふち、みなもと、ものごとのおこり、めでみえるさま。幻界、言界、現界、限界、原界、Gen界、眼界。ひとは、そうした界を、いくえにもかさねて、もの、こと、さま、あるいは、なにかとしかよべないなにかを、みている。とらえている。ひとのめには、みえないものやことやさまは、おびただしいかずにのぼるにちがいない。ひとが、わけられないものやことやさまも、おびただしいにちがいない。


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 ひとが、いちどに、こころをかたむけられるばは、ちいさい。まばらに、まだらに、みているというべきか。わるくいえば、うかつなる、めしい。みるべきものをみないで、みたいものしかみていない。みなくていいもの、あるいは、みたくもないものが、めにはいることもあるだろう。ひとは、おのれのめのしくみを、てなずけ、あやつることはできない。めに、もてあそばれているともいえる。みみ、した、はだをはじめ、からだのどこもかしこもおなじ。


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 だから、ひとは、やまいにかかり、けがをし、あやまちをおかし、まちがいをおこす。それは、それでいい。おそろしいのは、ほかのいきものをみちづれに、ほろびへのみちをあゆみかねないこと。ただすべきおりを、いまだにいっしていないと、だれがいえるだろうか。


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 ひとが、こころをかたむけられるときは、みじかい。ひとが、おもうより、はるかにみじかい。とびとびというべきか。わすれっぽい、あきっぽいというべきか。あてにならない。それをおぎなうための、ものやしくみをつくりだしてきたが、それも、つまるところは、ひとのまなこやみみの、はたらきにあわせたものにすぎない。つきに、なかまをおくりこみ、たたせたところで、おごりたかぶり、よいしれてはならない。


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 おのれのちからをおぎなう、しくみやものを、つくりだし、みえないなみを、みえるようにする。みえないところを、みえるようにする。きこえないおとを、きこえるようにする。みみがとどかないおとを、きこえるようにする。みえないうごきやゆらぎを、とらえられるようにする。そのたすけとして、かわりをもちいる。かわりのしくみ。とはいえ、とどのつまりは、かわりをみる、きく、とらえるにゆきつく。それにたよるしかない。ひとの、さが。


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 ひとのいう、うつつとは、ありとあらゆるものが、かわりにすぎない、うつつ。すべてが、にせたもの、にせものにすぎない、うつつ。うつつ、うつうつ。うつをうつ、空を打つ。虚を撃つ。鬱を討つ。むなし。


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 みるにつきまとうこと。みるためには、のがれられないこと。みるといういとなみにとって、まぬかれないこと。どこから、だれが、どうみるか、という、とい。とけそうにもない、とい。みえそうにもない、とい。おもいもおよばない、とい。


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 ゆめ、おもい、うつつ、まぼろし、え、かたり、はなし、かきもの。それらにおいて、どこで、だれが、どのようにして、みているのか、つづっているのか、えがいているのか、かたっているのか、おもっているのか。ひとの、ありとあらゆるいとなみのもとによこたわる、とけそうもない、とい。なぞ。ひとというわくを、でないかぎり、さとれそうもない、なぞ。せいぜい、くうを、なぞるしかない、たわむれごと。なぞをなぞる。たわけ。


     *


 ひとには、めのまえのひろがりを、めでとらえることに、ひいでているとおもっているふしがある。かたや、ときのうつりかわりを、めやみみでとらえることについては、にがてだとおもっているふしがある。だから、ひろがりを、ふたたび、べつのばで、かわりをもちいて、くみたてなおすことは、どちらかといえば、たやすいとおもっている。だが、おこったできごとを、ときをへたのちに、かわりをもちいてくみたてなおすことは、むかしからさかんにやってはいるにはいるが、そのいとなみに、どこかうしろめたさをおぼえているようにおもわれる。


     *


 まえにおこったことを、かわりをもちいて、くみたてなおす。かわりとは、ことのは、え、しるし、おと、である。あくまでも、かわりであるということを、ひとはきもにめいじるべきだとおもう。ほんものではなく、にせたもの、つまり、にせもの、あるいは、べつものであることを、わすれないようにすべきだとおもう。こうしたおこないにおいて、眼界はかぎりなく幻界と限界にせっするはずなのだが。なんどもやってきたならわしを、いまになって、やめるわけにはいかない。たとえば、さばきという、ひとのつくりあげた、おおがかりなしくみ。つみびとをとがめるさまを、みえるようにしたところで、しくみのもとをなす、おおきなといは、かたづくことなし。いたしかたなし。いたし、かたなし。


     *


 ひとは、みえていない。よめていない。わかっていない。とらえていない。ひとという、わくにあるかぎり。


     *


 なにかとしか、なづけようのない、なにか。かりそめに、たわむれに、あえて、しいて、なづけるとすれば、ゆらぎ、うごき――。たとえばのはなし。いうまでもなく、まこととから、ほどとおいはなし。かたり。かたこと。たわごと。


     *


 ゆらぎ、うごきと、なづけることは、むなしい。はかない。なにしろ、ことのはでしかない。さししめすもののなぞは、とけていない。いたしかたなし。いたし、かたなし。


     *


 とはいえ、ことわけをこころみてみよう。ばのひろがり、ときのうつりかわり、そのふたえにまたがっておきるさま、とでもいおうか。すべてのいきもの、ありとあらゆるいきていないものの、もとにあり、もとでおこっているさま、とでもいおうか。 


     *


 なづけえぬものをめぐり、ひとはなにができるか。ためしに、ゆらぎ、うごきとよばれるさまともに、みとこころをふるわせて、みる。しいて、ことわけすれば、そういう、ことだろう。こと。


     *


 ひとは、ことからのがれることはできないということ。こと、言、事、断、異、殊。言なし。事なし。断つ。異なる。殊なる。ことのはのあそび。もてあそばれるしかない。


     *


 うごく。ゆらぐ。かわる。うつる。うごきというなのな。な、名、字、無、己、汝、何、na、n、a。たわむれに、ずらし、みつめ、となえ、おもいのなかで、みをもって、うごき、ゆらぐ。むなしき、きやすめ。


     *


 それは、それでいいではないか。ひととして、あほとして、みのほどをしろう。そうすれば、おそらく、いまより、くるうことなし。ことなきをえる。こと、なきをえる。こと、な、きをえる。こと、な、き、おえる。ことのはは、まう。舞う。眩う。まわる。回る。廻る。みる。回る。廻る。見る。みだれまう。みだれまい。めまい。みまい。瞑目。たわけ。たわごとなり。


【追記 上記の戯言につづられていることばたちに身をまかせてください。どのようにも取れると思います。意味や解などありません。というか、無数にあるでしょう。そうやって、たわむれてみませんか。参考としての、ことわりをお望みの方は、グーグルで、 "うつせみのくら" "視線" "信号" 、 "うつせみのくら" "空間的" "時間的" 、"うつせみのくら" "知覚" "情報"、 "うつせみのあなたに" "ことわり" 、";うつせみのくら" "手話" という具合にダブルとトリプルのキーワードで、5回検索してみてください。


 そのさいには、"○○" と括弧でくくるのをお忘れならないように、ご留意願います。今、挙げた5組のキーワードを、それぞれそのままコピーペーストして検索なさるのが、てっとり早いかもしれません。ヒットするのは、長い文章が多いと思います。関係ありそうなところだけ、拾い読みしていただくだけで十分です。こんな戯事にお付き合いくださる方がいらっしゃれば、うれしいです。】


【注: 現在は「うつせみのくら」という過去のブログ記事を再録したサイトがないので、上記の検索は意味をなしません。お詫び申し上げます。】


【後記 きょうのお話も、ややこしいため、長くなってしまいました。ひらがなばかりの続く文章で、さぞかし読みにくかったと思います。今回は、段落をなるべく短めにするように工夫をしたのですが、どうでしたか。読みにくい書き方になっている言い訳と弁解は、前回の後記に書いたとおりです。ごめんなさい。ここまで、お付き合いくださったこころやさしい方に、お礼を申し上げます。ありがとうございました。】


     ■


【解説】「こんなことを書きました(その20)」より

*「うつせみのたわごと -11-」2010-02-12 : 前回を含め、記事が長くなるのが常態になっていきます。この回のテーマは、「め・げん・眼」という言葉とイメージをもとに世界をとらえる眼界です。冒頭で「まじる・混じる」「もじ・文字」「まな・真名(漢字)」「まなこ・目」「みる・見る」と発音すると m で始まる言葉を頻出させて、ずらずという遊びをしています。次に、「めでみる」という行為を「見る・視る・観る・診る・看る・回る・廻る」と、さらにずらしています。このシリーズでは、こうした、つづられるテーマとつづる言葉たちの擬態=媚態=舞踏をしてみたかったのです。そうした言葉たちの舞いを読者に読むというより、「見て」もらうことにより、眼界を体感してほしい、できれば「めまい=目舞い」を体験してほしい、という願いが形を取っている珍しいケースです。平仮名尽くしで書く必然性が「見える」という意味でも、稀有な例です。内容的には、「見る」を「知覚する」という広い意味で取り、「見える=見る=見分ける=分かる=意識する=認識する」へとつながっていくさまを語っています。「まだら・まばら」という言葉で、ヒトが「見間違う」「無視する」「見て見ぬ振りをする」こと、つまり、知覚と認識の限界性といかがわしさについても触れています。それまでに扱った各界と、眼界とがそれぞれ独立しているわけではなく絡み合っていることにも触れています。言葉の遊びを多用しているので、要約をしても、あまり意味がありません。実際に、記事を「見て」いただきたいと思っています。標準的な表記に直したキーワードは、「みわける・見分ける・身分ける」「ことわる・事割る・言割る・断る・判る」「あわいはあわい・間は淡い」です。直接書けなかったキーワードは、「ミシェル・フーコー」「豊崎光一」『砂の顔』「視線」「空間的広がり」「時間的経過」「再現の不可能性」「可視化というまやかし」「記憶の限界性」「信号・情報・データ」「手話」「指点字」です。



※この記事は、かつてのブログ記事に加筆したものです。https://puboo.jp/users/renhoshino77



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