げん・言 -1-

げんすけ

2020/08/18 07:52


 言葉を使えば、何とでも言える。


 これが言葉のさまざまな特性のなかでも、とりわけ興味深いものに思えます。何でもつなげてしまうし、黒と白を言いくるめることもできるし、物は言いようだし、とにかく、いかがわしく、うさんくさい点では他に類を見ないと言えそうです。


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 言葉を用いて言葉を語る。


 当然のことですが、言葉について論じるさいには、ふつう言葉を使わざるを得ません。こういう、鏡に鏡を映すような話が好きです。ややこしい作業ですが、軽いめまいを誘うようで、わくわくします。こどもはぐるぐる回る遊びを好むみたいです。それと似ている気もします。


 脳について脳が思考する。そういうこともありますね。でも、その作業で用いられるのも、言葉みたいです。すごいと言えばすごいし、仕方ないと言えば仕方ない気もします。


 思いつき、つまりでまかせで言うのですが、ヒトは、言葉に対して、言葉に備わっている属性以上のものを期待しているように感じられます。期待され過ぎている言葉がかわいそうです。期待し過ぎているヒトも、かわいそうだと言えそうな気もします。親子の関係に似ていませんか。


 こどもって、反抗しますよね。


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 言葉について話したり書いたり考えたりするときには、注意が必要です。言葉という言葉にいろいろな意味やイメージがあるため、混乱を招く恐れがあるからです。たとえば、たった今書いたセンテンスの意味は、1)「あらゆる言葉にいろいろな意味やイメージがあるため、……」とも、2)「言葉と呼ばれている語にはいろいろな意味やイメージがあるため、……」とも解釈できます。


 ここでは、2)の意味のつもりで書いたのですが、表現力が乏しいために、混乱を招く書き方をしてしまいました。ごめんなさい。


 言葉はものごとを「分ける」ためにも、「分かる」ためにも使われています。「分ける」ことや「分かる」ことが可能かどうかは分かりませんが、使われているようです。


 言葉を「分けて」みましょう。言葉の働きや機能や状態に注目して「分ける」方法と、言葉を比喩つまり「他のものに置き換える」作業によって「分ける」やり方が考えられます。


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 言葉の働きや機能や状態に注目して、言葉を「分けて」みましょう。



1)語、単語、語句、フレーズ、センテンス、文章という意味で言葉という言葉が使われる場合があります。今挙げたのは、主に書き言葉についてよく言われる言葉ですが、話し言葉に関しても使える言い回しだと思われます。


2)話し言葉と書き言葉を合わせて言葉とか言語と言われることがあります。この意味では、手話も言葉・言語です。この使い方は、さらに2つに分けることができます。日本語、アイヌ語、英語、中国語、日本手話、日本語対応手話、フィンランド手話という具合に、個々の言語を指す場合が1つ(※この場合には、方言やホームサイン(家庭で使われている手話)の存在を忘れてはなりません)。もう1つ、そうした諸言語をまとめて、ヒトという種に共通して観察される言語活動という意味での言語があります。ここでいう言葉・言語とは、「狭義の言語」と言うこともできそうです。


3)「広義の言語」という考え方もあります。2)に加えて、数字、音声、記号、音楽、表情、めくばせ、ボディランゲージ、合図、踊り、絵、図、点字、イコン、アイコン、シンボル、雰囲気、空気(※「空気を読む」の「空気」です)、空間(※話す時の相手との距離や、「間取り」の「間」や、上座下座などの意味です)というふうに、多岐にわたる物・事・現象・状態・状況を含みます。いろいろな説があるようです。「広義の言語」に共通するのは、表現・交換・発信・受信の対象になるという点です。この条件を満たせば、何でも含まれると考えています。


4)話し言葉と書き言葉に共通するという意味での、言葉遣い、言い回し、表現法、レトリック、物の言い方、口ぶり、語調、語気、丁寧さや敬語的かどうかの程度など。


5)狭義の人工言語。コンピューター言語、機械語(マシン語)、物理学などで数学的な考え方を用いて記述するための数字や記号を使った言語など。



 いかにも素人っぽい、大まかで粗雑な分類ですが、とりあえず以上のようにも分けることが可能かな、くらいに受け止めておいてください。「そういえば、そんなものも言葉と呼ぶことがあるね」ほどの話です。


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 言葉を比喩つまり「他のものに置き換える」作業を利用して「分けて」みましょう。隠喩でも直喩でもどちらでもいいと思います。隠喩、直喩の順で例を挙げてみます。


 言葉は「まぼろし」である。


 言葉は「まぼろし」のようなものである。


 上の二つの文にある「まぼろし」の代わりになりそうなものを、思いつくままに並べてみます。鏡、空気、水、こころ、道具、武器、衣装、生き物、流れ、波、悪魔、愛、精神、魂、ゲーム、パズル、海、山、石、麻薬、鎖、神からの贈り物、遺伝子、火、炎、光、灯り、影、潤滑油、お金、貨幣、財産、怪物、宝物、神との契約、遺産、魔法、催眠術……。


 こんなふうに言葉を「定義する」つまり「分ける」ことも、比喩を使えばできそうです。「悪魔の辞典」とかいう本を思い出します。


 個人的な感想ですが、隠喩のほうが直喩よりも、説得力があり語呂もいいような気がします。「言語は○○のようなものである」という直喩法を用いた自信のなさそうな言い方に比べ、「言語は○○である」と隠喩で、ずばっと言い切ってしまうほうが、迫力があるように感じられます。怖いことです。何でも当てはまるように思えてきます。


 現代詩や、商品・サービスのコピー、プロパガンダ、スローガンみたいです。「言葉は蠍(さそり)である」・「言葉は君の背中にある傷跡である」・「言葉はキリマンジャロのふもとに咲くタンポポである」・「言葉は爆発である」・「言葉は発情である」・「言葉は民族の生命線である」という調子です。


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 比喩、特に隠喩は要注意だという思いを強くしました。迫力や説得力があるだけでなく、比喩だということを忘れさせてしまう危険性を備えているような気がします。


 話がいつの間にかすり替わっている。そんな状況を経験なさったことがありませんか。自分が話したり書いたりする時にも、他人の話を聞いていたり書いたものを読んでいる場合にも起こりそうです。


 言葉は何とでも言えます。比喩はレトリックであり、言葉の綾とも言うらしいのですが、説得力があるため、その語り口で、つい騙(かた)られる、つまり騙(だま)されてしまう恐れを感じます。語る行為は基本的に騙ることなのですが、語るヒトがその仕組みを利用して、他のヒトを故意に騙す場合もある、という意味で怖いです。


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 言葉と関係ありそうな言葉を並べてみましょう。でまかせに、列挙していきます。言葉の特性を尊重し、「正しい」対「正しくない」という、いかがわしく、うさんくさい2項対立とは、なるべくかかわらない形で、いかがわしく、うさんくさいリストをつくってみます。


「ことば・コトバ・言葉・詞・辞」「ことのは・言の葉・言の端・事の端」「こと・言・事・異・殊・如」「は・葉・端・歯・派・刃・波・八・破・播」「げんご・ごんご・言語」「ご・語・悟・誤」「いう・言う・云う・謂う」「はなし・話・噺・咄」「話す・放す・離す」「はなつ・放つ」「はっする・発する・ハッスル」


「発す・破す」「かたる・語る・騙る・かたり・語り・騙り・カタリ派」「よむ・読む・詠む」「かく・書く・描く・掻く・画く・欠く・掛く・懸く・舁く・駆く・繋く・繋ぐ・構く・構える・番える」「つたえる・伝える・つたう・伝う・繕ふ・つた・蔦」「つげる・告げる・継げる・接げる・つぐ・告ぐ・継ぐ・接ぐ・次ぐ・亜ぐ・つぎ・次・継・注ぎ」「となえる・唱える・称える・となふ・唱ふ・称ふ・調ふ」


「いわく・曰く」「のたまう・宣ふ・のたまう・たまう・賜う・給う・のりたまふ・のりと・祝詞」「のる・宣る・告る・伸る・似る・乗る・載る・罵る・賭る」「のべる・述べる・陳べる・伸べる・延べる・ノベル・のぶ・述ぶ・陳ぶ・伸ぶ・延ぶ・ノブ」「しゃべる・喋る・シャベル・しゃぶる」「くち・口」「した・舌」「くちびる・唇・脣・吻・くちべり・口縁」


「もうす・申す・まをす・まうす・マウス」「さけぶ・叫ぶ」「わめく・叫く・喚く・をめく」「ほえる・吠える・吼える・咆える・ほゆ・吠ゆ・吼ゆ」「こえ・声・聲・乞え・恋え」「いき・息・意気・いきる・生きる・活きる・熱る・熅る・いきむ・息む・いく・生く・活く」「なく・泣く・鳴く・啼く」「なげく・嘆く・歎く」


「うったえる・訴える・うったふ・うるたふ・うるたう・訴ふ」「うたう・歌う・謡う・謳う・唄う・詠う・うたあう・歌合・うちあう・打合・うた・歌・唄・唱・詩・うたい・謡」「ほざく・ほさく」「ほぐ・祝ぐ・ことほぐ・寿ぐ・言祝ぐ」「よぶ・呼ぶ・喚ぶ」「なのる・名乗る・名告る」「なづく・名付く・なつく・懐く・なづける・名付ける・なつける・懐ける・なれつく・馴れつく」


 ぐちゃぐちゃ、ごちゃごちゃしていますね。無理に「分けて」、すっきりさせる必要は、とりあえず、ないと考えています。


 上記の言葉たちをながめながら、または口にしながら、いろいろな思いにふける。あたまに浮かぶさまざまな言葉やイメージや光景や思いに任せる。夢のなかでのように、ひたすら「見る」。すべてを肯定する。うんうんとうなずく。そのうち、眠ってしまってもかまわない。


 それに勝る楽しみはないような気がします。



※今回から始まる「げん・言」という連載は、「げん・幻 -1-」から「げん・幻 -10-」にいたる記事の続きとして書いたものです。



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