うつせみのたわごと -8-

星野廉

2020/09/24 08:10


 げん――。きになることば。からからきた、ことば。から、とおく、はて、はし、はしっこ、かぎり。よそやそととであう、ば。それが、さかい。さかいめ。わかれめ。きわ。へり。ふち。しきり。いま、このくには、さかいを、あたかもないものとしてみなそうとしている、くうきにみちている。あやういぞ。われ、くにを、うれえる。そういうひとたちにかぎって、よそをかえりみようとしない。それこそ、あやうい。うれえるにあたいする。


     *


 げん・限。げんかい・限界。うち、そと、さかい。ひとはわける。せんをひく。なわをはる。つちをなづける。しる。ここは、わたしのもの。これは、わたしのもの。あれも、あそこも、それも、そこも、どこもかしこも、なんでもかんでも、わたしのもの。ここ、そこ、あそこ、どこも。こそあどことば。かぎりをしらない。いや、かぎりをしる、領るというべきか。いや、むしろ、かぎりをしるす、というべき。きりをしるす、というべき。きりがない。このほしの、そとにまで、なかまをおくりこむ。そのかぎりにおいて、ひとはずれている。ずれまくっている。


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 わかる、わからないは、わく。わくぐみ。わくにきづくものもいれば、きづかないものもいる。また、きづくときもあれば、きづかないときもある。わくにきづいたときには、おもいのままにならない、おのれのみをなげく。きづかないときには、おのれのちからに、よいしれる。このほしをおさめているのはひとだと、おもいこむものもおおい。しる、しるす、そして、わける、わかる。わかるがきわまると、ひとは、そうしたおごりにいたる。


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 わくにしばられていないものはいない。くさき、けもの、いしころ、そらのくも、かわのみず――。すべてが、わくにしばられ、かぎりのこちらがわにあり、さかいをこえることはない。ひとは、ことばをえたことにより、さかい、かぎり、あわい、はし、ふちという、ことのはをおもうようになった。そうしたおもいをいだき、あたりをみまわすとき、ひとはことのはのさししめすものを、うごかせるとおもいこむ。おもいのままになると、おもいこむ。ことのはが、それがさししめすもののかわりであることをわすれる。ものやことやさまと、ことのはとを、とりちがえる。そのおもいこみと、わすれは、ねぶかい。それも、ひとのかかえる、わくにほかならない。ひとは、もはや、えらぶことのできないわなに、おちいっている。そのありように、おもいをめぐらすものもいる。だが、こころにかけないもののほうが、おおいだろう。


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 もうひとつ、わながある。ことのはは、ものやことやさまのかずに、おいつけないという、かぎりがあること。ことのはは、つねにたりない。つまり、はてがある。たりないのはあたりまえ。ひとがわけるからにほかならない。わけて、わけまくれば、それだけなまえがいる。ことのはがいる。しるため、しるすため、わかるためには、ことのはがいる。はてしなくわけつづければ、ことのはのかずがおいつくわけがない。ひとは、わすれやすい。おぼえるにも、かぎりがある。わすれる。わすれると、へる。はてしなく、へる。へりにへる。だから、ひとはつねにへりにいる。いくらわけてもおいつかない、わかりえない、へりにいる。へりくつ。だじゃれ。たわごと。


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 わく。わくぐみ。ありとあらゆるいきものは、わくぐみのなかでいきている。からだのなかもわく。からだのそともわく。からだのからもわく。ひとも、おなじ。ひとのおもいもわく。すべてのわくぐみは、うつりかわるのがつね。おそらく、ひとは、おのれのわくをずらすことができる。みずから、わくをずらすことができる。たとえば、おもいのわくをずらす。すると、それまでみえなかったものやさまが、みえるようになることもある。


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 いま、このたわごとをつづっているあほ。このあほも、わくをずらそうとしている。だから、あやしげなやまことばづくしのかきものをつづっている。つづることのはの、わくをずらす。あさはかな、たくらみ。たわけた、こころみ。あほが、あほなりに、こころをこめてつづっている。わかっていただければ、さいわい。からことばのかわりに、できるかぎり、やまとことばをもちいようとつとめる。これは、たくらみ。うちのことばにあらがいつつ、さからいつつ、つづる。いいかえるなら、うちのことばのわくのなかで、そとのことばでかたる。ややこしい。やまとことばのわくのなかで、からことばでかたるということではない。そんなこと、できっこない。うちというわくのなかで、そのわくをずらし、そとというわくをくみたてる、とでもいおうか。うちのなかのそと。へりとも、いえるかもしれない。


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 ひらがなづくしも、あほのたくらみ。おなじおとをもちいた、だじゃれも、あほのくわだて。いくとおりにもとれる、あついかきものをよむことの、あつみ。おもいことのはの、おもみ。おもいおもいの、おもみ。そうした、いくえにもかさなった、ことのはっぱの、あつみとおもみのありさまを、ことのはにまってもらい、おどってもらう。それを、よむひとに、あたまだけではなく、からだで、あじわってもらいたい。あたまだけでなく、からだで、しってもらいたい。こころに、おもいうかべてもらいたい。ひそやかな、ねがい。


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 ものをかくことは、かけ、つまり、さいころをふるのとおなじ、ばくちである。かかれたもの。かけたもの。かけられたもの。かけられたものをよんだときに、どんなめがでるか、わかったものではないことを、よむひとにかんじとってもらいたい。かけばよめる、よめばわかるという、うそっぱちにゆさぶりをかけたい。これも、かけ。ばくち。むちゃな、かけ。あさはかな、くわだて。おろかな、ねがい。ともかく、やってみる。やるっきゃない。だから、たわごとをつづりつつ、ことばのわくを、ずらす。それにつられて、よみのわくと、おもいのわくも、ずれるのではなかろうか。あさはかな、たくらみ。ひとりよがり。ひとりずもう。だが、ほんき。ほんきだから、なおあやうい。ほんまもんやから、こわいわー。そういわれれば、かえすことばなし。とほほほほ。


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 そと、うち、へり。ことわけはできるが、それらのあわいはあわい。すべてがへりだと、かんがえるべきではなかろうか。うちとおもっているものが、そとにみえる。そととみえるものが、うちにおもえる。すべては、ふち、へり、きわ、あわいにあるのではなかろうか。くりかえすが、そと、うち、へりと、ことわりはできる。とはいえ、あくまでも、ひとのくせ。ひとのすじ。おそらく、ひとにしかわからないもの。ねこにはねこのわけかたがある。うおにはうおのわけかたがある。とりにはとりのわけかたがある。どれがただしいというはなしではない。というわけで、すべてはへりだとおもう。これ、ことわりなり。ひとは、ひとのわくからでることなどできない。だから、へりにある。それしか、いえない。


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 よそとうちは、まがい。がせ。もの、こと、さま、すべては、へりにあるというのが、まことにちかいのではないか。へり、ふち。がけっぷち。あわい、あやうい、あぶなっかしい、はらはら、どきどき、ゆらぐ、まよう、あてにならない、ごちゃごちゃ、ごちゃまぜ。まぼろし、ことのは、うつつ、ふち。幻界、言界、現界、限界。さだかなものなし、わけなし。


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 わける。わかる。というか、わかったつもりになる。おもいこむ。いずれにせよ、ことわりは、すっきりしている。だが、ことわりは、どこかむなしい。なぜかむなしい。ひとであるかぎり、わけることなしには、いきられない。わけなしには、いきられない。いきにくい。それが、ひとのさが。ひとにとって、わけることこそが、らくないきかた。へりは、あらがいのば。たたかいのば。へりにみをおけば、いきにくい。いきがたい。かどがたつ。きわは、であいのば。なににであうか、わからないところ。おそろし。


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 ふちにいれば、おちつくことなし。いごこち、わるし。だから、ひとは、そと、うち、きわとわける。わけて、かたる。そして、かたよる。よそ、なか、へりとわけて、かたる。そして、かたよる。とりわけ、よそとうちは、まがいくさい。かたり、だまし、なづけ、てなずける。かたって、こころのやすらぎをえる。だが、だからこそ、ひとはへりにあるといえる。ひとは、きわにいきる。きわどし。きわなし。はなしは、ここできわまる。ことのはは、なし。はなし。は、なし。はな、し。は、な、し。いくとおりにも、よめるし、よめない。たわける。たわけ。たわけごと。


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 ことのはは、ことのはてにおいて、ひとのてから、はなれる。ひとが、はなしたのではない。かってに、はなれただけ。ことばは、ひとのしもべにあらず。げんかい、幻界、言界、現界、限界。いずれにおいても、ひとはあるじにあらず。おさにも、かしらにも、あらず。もてあそばれるだけ。あるじとおもいこむのは、ひとの、かって。くせ。さが。


     *


 やまい、けが、わざわい、おい、あしこしのおとろえ、きのふさぎ。そうしたものにみまわれるとき、ひとは、かぎり、はて、おわり、すえをおもう。このよと、あのよとのさかいをおもう。ひとであることのわくをおもう。ふちにたち、おのれではない、ことやものやさまを、おもいやる。おもいをめぐらす。うつつ、ゆめうつつ、まぼろし、ことのは。幻界、言界、現界、限界。すべてがまじりあったなかで、ひとはとなえる。おそらく、なにかのなを、となえる。ふしをつけて、となえる。うたう。とりやむしやあかんぼうが、なくように。なく。うたう。まーあ。あーむ。そのこえも、やがてやむ。なぐ。なくなる。かたわらで、ほかのひとがつきそおうと、たったひとりで、なくなる。


     *


 ひとがいるかぎり、かたることばがあるかぎり、ものがたりは、まだつづく。はてしなくつづくのではなく、はてまでつづく。やがて、このほしから、ひとびとのなきごえがやむ。うたがとぎれる。いきのねが、とだえる。なぐ。なくなる。みんなして。このままゆくかぎり、おそらく、いや、きっと、ひはかげる。そして、いなくなる。いま、ひとだけでなく、このほしのほかのいきものたちもふくめ、やみにもにた、こいかげりのもとで、みながへりにたっていないと、いいきれるものはいるだろうか。



【追記 上記の戯言につづられていることばたちに身をまかせてください。どのようにも取れると思います。意味や解などありません。というか、無数にあるでしょう。そうやって、たわむれてみませんか。参考としての、ことわりをお望みの方は、グーグルで、 "うつせみのくら" "きわ" "あわい" 、 "うつせみのくら" "近親憎悪" 、 "うつせみのくら" "ずれ" 、 "うつせみのあなたに" "枠" 、という具合にダブルとトリプルのキーワードで、4回検索してみてください。


 そのさいには、"○○" と括弧でくくるのをお忘れならないように、ご留意願います。今、挙げた4組のキーワードを、それぞれそのままコピーペーストして検索なさるのが、てっとり早いかもしれません。ヒットするのは、長い文章が多いと思います。関係ありそうなところだけ、拾い読みしていただくだけで十分です。こんな戯事にお付き合いくださる方がいらっしゃれば、うれしいです。】


【注: 現在は「うつせみのくら」という過去のブログ記事を再録したサイトがないので、上記の検索は意味をなしません。お詫び申し上げます。】


【後記 昨日(2月8日)(※2010年の話です)に、このブログの左にある「メッセージを送る」機能経由で、コメントを送ってくださった読者の方に、この場を借りてお答えします。「うつせみのくら」内の「小品集」にあるような小説をもっと読みたい。特に、童話や子ども向けの作品がお好きだとか。そうした内容のコメントでしたね。


 同様の内容のメッセージを、これまでに何通か、ほかの方からもいただきました。メールアドレスを添えてくださった方には、直接ご返事申し上げておりますが、現状では小説を書く余裕がありません。過去に書いたものが溜まっているので、それを手直しするという方法もありますが、それも今はできそうにありません。ごめんなさい。でも、いつか、小説を書きたいと思い立つことが、きっとあると思います。そのさいには、このブログ(「うつせみのあなたに」)に投稿します。どうか、ご了承をお願いいたします。


 いずれにせよ、メッセージをありがとうございました。ブログを書く者にとっては、フィードバックは参考になりますし、とてもうれしいものです。お叱りやご批判のことばであっても、同様です。


 過去の記事の再録という当初の目的を果たし、今では更新をしていない「うつせみのくら」を訪れてくださっている方々がいることは、大きな励みにもなっています。「人気ブログランキング」では、だいぶ下のほうにおりますが、goo のブログサイトで、アクセス状況を調べる機能を見ると、訪問者数、閲覧数ともに、まだ健闘してくれています。みなさまのご愛顧に感謝しております。今後とも、よろしくお願い申し上げます。】


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【解説】「こんなことを書きました(その20)」より

*「うつせみのたわごと -8-」2010-02-09 : テーマは、「かぎり・へり・げん・限」という言葉とイメージをもとに世界をとらえる「限界」です。ヒトをはじめ、あらゆる生き物は、それぞれに備わった枠の中で生きている。その枠組みを意識できるのは、おそらくヒトだけである。だが、ヒトを縛る枠は多種多様であり、それらの枠を意識することは難しい。枠はヒトを縛るが、枠をずらすことで、その縛りから一時的にでも逃れることが可能なのではないか。外・内・へりという分け方は、うさん臭いものであるが、あえてその分類を受け入れるとすれば、ヒトはへりにいると言える。以上のように要約できると思います。また、「後記」の中で、ある読者への回答として、「小品集」で試みたような小説を書く余裕が、今はないと断っています。いつか書きたいとの希望も述べています。標準的な表記に直したキーワードは、「線を引く」「縄を張る」「土地を名づける」「分ける」「名づける」「名が足りなくなる」「あわい・間」「境目」「言葉という枠」「体という枠」「種(しゅ)という枠」「書くという枠」「分かるという枠」「生死という枠」です。直接書かなかったキーワードは、「近親憎悪」「狂気」「フリードリヒ・ニーチェ」「アントナン・アルトー」「ジェラール・ド・ネルヴァル」「フリードリヒ・ヘルダーリン」「フランツ・カフカ」「ジャック・デリダ」「ジル・ドゥルーズ」「ヒュー・ケナー」「ジャック・デリダ」です。



※この文章は、かつてのブログ記事に加筆したものです。https://puboo.jp/users/renhoshino77



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