うつせみのたわごと -7-
星野廉
2020/09/24 08:00
げん――。きになることば。からからきた、ことば。からから、ものやことがはいり、そととうちがまじり、いまのゆたかさがある。よそものをしめだす。よそものをいれない。よそものをかえりみない。おもいやらない。そんなくにが、このさき、さかえるわけがない。そとのかたきとにた、うちなるかたきが、そとをにくめとそそのかす。にたものは、にくみあう。そっくりは、なお、にくみあう。それがうつつか。ひとのよか。あきらめよ、というのか。
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げん・現。げんかい・現界。うつつ。うつせみ。ゆめからさめても、ひとはゆめうつつ。うつうつ。うつらうつら。うとうと。ゆめとうつつのあわいにあるのが、ひとのおもい。ひとのこころ。ひのもとでも、やみはさらない。よい、まよいは、きえない。
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めざめる。めをさます。さとる。さととる。さ、ありととる。そうであるととる。これ、でまかせ。さもありなん、とおもうだけ。さもあればあれ、いなおるだけ。さもあれ、さとる。なんと、えらそうなことば。ゆめつつ。それで、いいではないか。やまにこもる。ひをたく。けものみちをあるく。みずをあびる。だまり、ただすわりつづける。なんとみがってな。ひとりしばい。おのれだけ、すくわれようとする。あさましい。さとにおりれば、することはやまほどあるのに。すくいをもとめているひとたちが、たくさんいるのに。にせひじり。ひじり。ひをしるひと。えらそうなことば。ありえない。うそっぱち。いかにも、ひとのかんがえそうな、ことのは。ことのはし。かたこと。
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げんかい、幻界、言界、現界。さかいはない。へだたりはない。かさなりあい、からみあい、そのあわいはあわい。いまここにあるのは、ことのは。ことのはし。現とうつつ。からことばとやまとことば。そのあわいはあわい。なつかしさは、そのひとのうまれと、そだちからおこる。うえもしたもない。ことばはならぶ。ならんでいるだけ。つづるもの。よむもの。そのあわいもあわい。げん、げん、げん。まぼろし、ことのは、うつつ。幻、言、現。ならんでいるだけ。わけるのは、ひと。ひとがいて、はじめて、わけがある。
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うつをうつ。打つを打つ。全をうつ。空をうつ。虚をうつ。鬱をうつ。うつつ。打つ。撃つ。討つ。棄つ。うつつ。打棄つ。でじゃびゅ。déjà vu。あ、みたことがある。あ、きいたことがある。あ、ふれたことがある。あ、かいだことがある。あ、きいたことがある。あ、このおもい、はじめてではない。ぼん、ぼん。とん、とん。がん、がん。うつ、うつ。からだはから。うてばひびく、うつろなから。にく、ち、ほね、ふしぶし。はだ、すなわち、かわをのこせば、からだはからだ。かわをはった、うつわとおなじ。うてば、ぽん、ぽん。おとがする。かいのから。せみのから。へびのから。たましいのぬけがら。からをうつ。うつをうつ。どこかで、みみにしたことのあるおと。なつかしいおと。ははのはらのなかで、きいたおとか。まさか。まさに、ゆめうつつ。うつうつ、うつつ。それにしても、ここちよい、ひびき。めをとじ、ききいる。めざめは、いらない。さとりなど、いらない。わけも、いらない。
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ふし。からだをつなぐふし。からだをくぎるふし。まをへだてるふし。ふしがながれる。うたがながれる。となえる。よむ。からをふきぬける、かぜ。こまかにふるえる、から。ぼん、ぼん。ぽん、ぽん。とん、とん。がん、がん。うつ、うつ。からだはから。うてばひびく、うつろなから。ちは、なみうつ。にくは、ふるえる。ほねは、きしむ。ふしぶしに、おととなみが、はしる。いきも、ふし。ふーっと、ふく。いきる。いきをあわせて、ふしがなみうつ。それがからだ。いきている、あかし。うつつ。うつうつ。
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ま。まー。ma。am。om。あーむ。おーむ。あうん。あくび。まーと、くちをあけ、うまれる。あーむと、くちをとじ、なくなる。それが、うつせみのよ。よわいうつせみの、よわい。あくび。ゆめうつつのあわいでの、なくなるまね。しにまね。かりのし。ねむり。ねむい。ねむる。めをつむる。しにまね。まばたき。またたくまの、しにまね。まぶた。まのふた。まなこをおおう、まなぶた。あくび、まばたき、ねむり。ひびくりかえす、かりのし。そのあわいでみる、ゆめ、おもい。
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ねむる。かりのし。ゆめをみる。めざめる。よあけ。あさ。あらたなうつつの、はじまり。よみがえる。よみからかえる。やみからかえる。やみはおそろしい。こわい。ひのもとにも、やみがある。ひのかげにも、やみがある。いきていくみちにも、やみがある。なやみ、やまい、くるしみ。おもい、わずらう。ならば、うたおう。なつかしいおととふしを、おもいだし、うたおう。うつせみのように。うたが、とわにながれる、としんじ、ふしをつけて、うたおう。うたう。うたあう。うちあう。それだけが、うつつ。うたおう。はなうたでもいい。おとが、はずれていてもいい。なかみなど、かんがえずに。ふしとひびきに、みをまかせ、いきのあるかぎり、うたおう。それが、うつつ。からだをはっての、ゆめうつつのあかし。
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ゆめうつつというが、ゆめもうつつも、ひとのおもいのうちにあるかぎり、わけめ、わかれめがあるはず。ことわけ、わけるは、ひとのくせ。さが。うつつは、ないものやないことを、あるとしんじるところ。ゆめのなかでは、しんじるものもこともない。あるという、おもいだけがあるところ。ゆめは、まぼろし。ひたすら、あるとしんじる、ねんじる、いのる、のぞむ、ほっする、ねがう。そのかなたにあるところ。そこがゆめ。そこが、うつつとことなるところ。おそらく。きっと。
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ひたすら、あるとしんじる、ねんじる。これが、うつつにあるあかし。しるし。ゆめは、しんじるのかなたにある。うつつでは、ひとは、わかろう、しろうと、いのちをかける。よをわたるすべ。かせぐすべ。しあわせをてにする、すべ。さいわいをひきよせる、すべ。うでやちからをみにつける、すべ。はうつー、はうつう、うつうつ。しかた、やりかた、てだて、すべ。すべすべ。すべからく、まなぶべし。べしべし。わがみに、むちうつ。いそがし。
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いまのはやり。あたまのなかと、かつすべ。あたまのかわとほねをもぎとり、あはあ、わかったとさけぶ。それをつづる。よにだせば、うれる。もうかる。もうかれば、さらにもうけたい。だから、わかったとさけびながら、ぼける。おさめるべきものをわすれるほどの、まぬけぶり。ぼけとたわけは、かおだけにしてくれ。かつまた、はったりをきかす。それをつづる。よにだせば、これまた、うれる。さらにつづらせたい、まわりのやからが、ちやほやほめそやす。そんなわけで、しげるきぎのごとく、ことのはのかずかずを、かきちらす。なんとでもいえるのが、ことのは。はったりにはったりをかさねる。そうしてみせにならぶ、かきもののかずかず。かずかずよもすえ。いや、かずかずよもつづくか。つぎは、きれいがいのち、とか。
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すべてがはったり。でまかせ。よせあつめ、うつし、まねて、すこしかえて、それをおのれのうんだものだと、はったりをいう。からことばのかきものを、ひとにめいじて、このくにのことばになおさせ、おのれがなおしたと、はったりをいう。そうやって、おおくかいたものの、かち。まともによみ、うけとったものの、まけ。ほねおりぞんの、くたびれまけ。もうけなし。あげくは、がんばりすぎて、うつ。うつうつ、うつつ。こう、やまをかけてでてきたのが、ぎしぎし、ぎすぎす、はぎしりか。うふうふ。とはいえ、がんばらずがんばるとは、わざなし。どこかできいたはなしの、むしかえし。うらで、かつまたてをむすび、もうけにあずかる、ちゃっかりか。しらぬは、なみのひとびとなり。いや、うすうすしっても、しんじない。しんじるのが、らく。しんじれば、すくわれる。あしも、すくわれる。あたまのなかも、すくわれる。からより、ましか。
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ひたすら、あるとしんじる、ねんじる、いのる、のぞむ、ほっする、ねがう。それがうつつ。うつせみのよ。だから、ことのはにつられて、かりのもの、にせものをほんものとみまちがい、はったりとくちぐせを、まにうけて、よむ。でるから、よむ。きりなく、よむ。うつつをぬかし、よむ。けれども、うまくはいかないのが、よのつね。がんばりすぎたあげくに、うつせみのから。もぬけのから。なかみなし。いまは、おもいおもいは、はやらない。なかみのないかきものほど、きりなく、あきなく、うれる。だから、またかく。うつつをぬかし、かきちらす。かきなぐる。こんなにいい、あきないはない。これこそ、まことのうつつのありよう。このたぐいのかきものこそが、まぼろしとことわりにみちたうつつを、うつすかがみなり。げんかい、幻界、言界、現界。ここでも、かさなる。さかいはない。そのあわいはあわい。
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おもいは、かなう。これが、かきもののひながた。つまるところ、こんだけー。わらいごとではない。ひとは、そうしんじる。こころより、しんじる。ねんじる。となえる。つづる。かなしき、いのり。むなしい、いのり。あわれ。それにつけこみ、あきないとするものが、いかにおおいことか。かみ、かみがみ、ほとけ、さとり、たま、あのよ、はったりをつづったかきもの、いわしのあたま。あさましい。ひとは、いのるしかない。そこに、つけいる。かたる。おもいと、ことのはは、ゆめとうつつのかけはし。せめて、そう、しんじたい。だから、そう、ねんじる。となえる。つづる。それしか、ない。できれば、ひとりで、しんじよう。むれることなく、ねんじよう。にせものに、みつぐことなく、いのろう。ひとは、ひとりで、おのれをこえたものと、ことばをかわすべき。すくなくとも、このあほは、そうおもう。たわごとなり。
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うつつは、まことにあらず。うつせみは、まことにあらず。ひとのおもいのなかにあり。まことはかたこと。かたことはまこと。かたこと、かたこと、みずぐるまはまわる。ことこと、ことこと、かざぐるまはまわる。くるくる、きょろきょろ、ひとのまなこもまわる。おちつくところなし。おちつくわけなし。うつうつ、うつつ。あわいをうちうつ。あわいをうつつ。あわいをうつ。おとがする。ひびきあり。なつかしいふしがきこえる。うたおう。うつせみのうたを。
【追記 上記の戯言につづられていることばたちに身をまかせてください。どのようにも取れると思います。意味や解などありません。というか、無数にあるでしょう。そうやって、たわむれてみませんか。参考としての、ことわりをお望みの方は、グーグルで、"うつせみのくら" "ゆめうつつ" 、 "うつせみのくら" "さとる" 、 "うつせみのくら" "あうん" 、"うつせみのくら" "うたう" 、 "うつせみのくら" "自己啓発書" という具合にダブルとトリプルのキーワードで、5回検索してみてください。
そのさいには、"○○" と括弧でくくるのをお忘れならないように、ご留意願います。今、挙げた5組のキーワードを、それぞれそのままコピーペーストして検索なさるのが、てっとり早いかもしれません。ヒットするのは、長い文章が多いと思います。関係ありそうなところだけ、拾い読みしていただくだけで十分です。こんな戯事にお付き合いくださる方がいらっしゃれば、うれしいです。】
【注: 現在は「うつせみのくら」という過去のブログ記事を再録したサイトがないので、上記の検索は意味をなしません。お詫び申し上げます。】
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【解説】「こんなことを書きました(その20)」より
*「うつせみのたわごと -7-」2010-02-08 : テーマは、「現実・げん・現」という言葉とイメージをもとに世界をとらえる「現界」です。目覚めている状態、つまり意識が働いている状態と、夢を見ていたり、空想をしていたり、無意識でいる状態とを対比するのではなく、連続した帯=濃淡=階調として論じようとしています。幻界、言界、現界が重なるものであるとも訴えています。また、瞑想などによって悟りを得て自分だけが救われようする態度や、現実を生きるさいに、現在多くの人たちが指針としがちな自己啓発書を批判しています。標準的な表記に直したキーワードは、「うつつ・現」「ゆめうつつ・夢現」「悟る」「救い」「あうん」「あくび」「歌う」「眠る」「仮の死」です。直接書かなかったキーワードは、「om」「うつ病」「出版界」「マーケティング」「実用書」「処世術」「脳科学」『ブヴァールとペキュシェ』です。自己啓発書に関して直接書けなかった3つの固有名詞=人名は、どうか読み解いてください。難しくありませんので。今では「決まり文句」と化した名です。
※この文章は、かつてのブログ記事に加筆したものです。https://puboo.jp/users/renhoshino77
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